臼井ミトン【プロフィール】

プロフィール画像1古き良きアメリカンポップスやルーツミュージックへの憧れを胸に、都会的なセンスでオリジナル楽曲を生み出す東京生まれ東京育ちのシンガーソングライター。

宅録機材をリュックに詰め、自らアポイントを取りながらアメリカ中の伝説的なミュージシャンを訪ね歩く「旅する宅録アーティスト」として各種メディアで話題に。
これまでに2枚のアルバムと1枚のシングルをリリース。作詞家・松本隆が帯コメントを寄せ、「ミュージック・マガジン」や「サウンド&レコーディング・マガジン」に特集記事が掲載される等、音楽業界で大きな注目を集める。

CDは全て自主制作、事務所やレーベルも未所属というマイペースな活動ながらFUJI ROCK FESTIVALに2年連続出演、その他RISING SUN ROCK FESTIVAL in EZOやPeter Barakan’s LIVE MAGIC!等大型フェスへも次々と出演、実力派男性シンガーソングライターとして音楽シーンにその名を着実に広めつつある。

経歴詳細

1984年生まれ東京都世田谷区出身の牡牛座AB型。幼少よりチェロやドラムを学び高校在学中はバンド活動に勤しむと同時に、デザイン事務所にアルバイトとして潜り込みグラフィックデザインのスキルを磨く。高校卒業後はロサンゼルスへ移住、ギタリストとしてプロ活動を開始するも、James Taylorのライヴに感銘を受けてシンガーソングライターへの転身を決意、20歳(2004年)で帰国。23歳でDr.Johnの教則ビデオに出会いニューオリンズスタイルのピアノに魅せられ、独学でピアノも始める。グラフィックデザイナー・アートディレクターとして働きながら数年間にわたって曲作りや楽器と歌の練習に励む。

2010年頃からアメリカへ渡り、宅録機材を詰め込んだリュックを背負いアメリカ各地方の音楽都市を放浪、自力でアポイントを取りながら現地のミュージシャン宅でオーバーダビングを重ね、1stアルバム「Singer Traveler Songwriter」を完成させる。2011年8月にライヴ会場限定販売でリリース(のちに1000枚完売!)。
そして同様の手法でJim Keltner、Will Lee、Henry Butler、Greg Leisz、Herb Pedersenら伝説的なミュージシャンを訪ね歩き制作したミニアルバム「真夜中のランブル」を2014年8月6日にリリース、OTOTOYやナタリー、ヤフーニュースなどのネットメディアで大きく取り上げられ、「Sound & Recording Magazine」「ミュージック・マガジン」「Drums Magazine」など多数の雑誌でインタビュー記事が掲載される等、その制作手法と豪華な参加ミュージシャンで話題に。

この作品をきっかけに音楽プロデューサー・久保田麻琴と出会い、完売となっていた1stアルバムを久保田麻琴のリマスタリングで2015年3月18日に再リリース。装丁を一新、ボーナストラックも加えた新版「Singer Song Traveler」は、作詞家・松本隆が帯コメントを寄せるなど、改めて脚光を浴びる。

2015年1月にはピーター・バラカンによるトークイベント「Barakan Evening」の記念すべき第一回目のゲストとして出演し、ニューオリンズピアノを披露。同年夏には日本最大のロックフェス「FUJI ROCK FESTIVAL’15」やピーター・バラカン主催のルーツミュージックの祭典「Live Magic!」に出演。

また、2016年には音楽プロデューサーとして「Leyona」「Unlimited tone」「maaayo」といったアーティストのCDを立て続けにリリース、2年連続でフジロックへの出演も果たすなど、様々な活動で音楽シーンにその名を着実に広めつつある。

経歴(もっと)詳細

プロフィール画像21984年東京都千代田区生まれの世田谷区・会津若松市・川崎市育ち、世田谷区在住。本名は臼井健(ウスイケン)。脳神経外科医の父とピアニストの母を持つ。
幼少よりチェロとドラムを学び、駒場東邦中高在学中の6年間はギターを手にして戦前ブルースの探究とバンド活動に明け暮れる。渋谷ON AIR EAST(現TSUTAYA O-EAST)で都内高校生バンドの自主イベントを定期的に企画、自身のバンドでも高校在学中に表参道FAB(現GROUND)にてワンマンライブを2回ソールドアウトさせる。
バークリー音楽院(Berklee College of Music)の奨学金を得て高校卒業後単身ボストンへ移住するも、入学前のオリエンテーションで挫折。結局進学せずにロサンゼルスへ逃亡。ハリウッドにてギタリストとしてプロ活動開始。

シンガーソングライターとして活動することを決意して帰国、22歳の冬(2006年)に独学でピアノを始め、23歳の夏よりSpeech Level SingingのインストラクターMasayo Yamashita氏の下で発声を学び始める。

プロフィール画像323歳の冬(2007年)に第三回FAROUTジャズヴォーカルコンテストにて優勝し、この頃よりレストランやバー、パーティー会場で歌う仕事を精力的にこなすようになる。また、翌2008年春にはシンガーソングライターとしてのアーティスト活動を徐々に始動させる。同じ頃アナログレコード収集にのめりこみ、趣味が高じて自身の作品もアナログリリース。(2009年夏にモノラルドーナツ盤、2010年1月にステレオLP盤を発売、現在は全て廃盤)。

また、数年に渡り東京とニューヨークのジャズクラブに通い詰めて得たミュージシャンとのコネクションを活かし、宅録機材を持ってアメリカ中のミュージシャン宅を訪問して録音するというユニークな手法でアルバム制作を開始(2010年春)。日米5都市を巡り、Will Lee、John Tropea、Larry Goldings、David Hood、Dean Brown、難波弘之、八木のぶお、遠藤敬三、Penny-K等が参加したこのアルバム『Singer Traveler Songwriter』は、翌年2011年初夏にSterling SoundのGreg Calbiによるマスタリングで完成。8月よりライヴ会場にて発売開始。(2014年12月に1000枚完売)

2012年秋にはMika Stoltzman、Eddie Gomez、Duke Gadd(Steve Gaddのご子息)、Richard Stoltzmanの来日ツアーにギタリストとして客演。

2014年2月よりセカンドアルバムの制作旅行を開始。ロサンゼルスでJim Keltner、Greg Leisz、Herb Pedersen、ニューヨークでHenry Butler、Will Lee各氏のもとを訪ね、同年8月6日に「真夜中のランブル」をリリース。OTOTOYやナタリー、ヤフーニュースなどのネットメディアで大きく取り上げられ、「Sound & Recording Magazine」「ミュージック・マガジン」「Drums Magazine」など多数の雑誌でインタビュー記事が掲載される等、その制作手法と豪華な参加ミュージシャンで話題に。

プロフィール画像4音楽活動と平行して幼少よりカメラにも親しみ、高校在学時にはヴィンテージのポラロイドカメラSX-70に熱中。
Polaroid社が主催するプロ・アマ混合の写真コンテストで高校生ながら2回優勝、オムニバス写真集にも作品を多数提供し、トイカメラブーム黎明期を牽引。

高校在学時にデザイン事務所でアルバイトした経験を活かして自身のライブチラシやCDジャケットを制作するうちにそれらが評判を呼び、国内外の多くのアーティストのアートワークを担当する。企業ポスターやロゴ、ショップDM等のデザインも多数手がけるも、現在は音楽に専念するためデザイナー業は休止中。

趣味はアナログレコード収集(アメリカ初回プレス盤のみを集めている)、ヨドバシカメラと東急ハンズの店内を徘徊すること。