新譜レコーディング

Rick Marotta, Will Lee, & Miton Ken Usui

今回も宅録機材を背負ってアメリカを旅して来ました。ベースにWill Lee(ウィル・リー)、ドラムにRick Marotta(リック・マロッタ)を迎えてのリズム録りです。

5月28日に日本を発ち、同日朝ニューヨークのジョン・F・ケネディ空港に到着。(合計60kgの凄い荷物だったこともありちょっと贅沢して)タクシーに乗ってマンハッタンのウィル・リー宅へ。リー夫妻と近所のカフェで朝食を食べ、車で6時間ほどかけてマサチューセッツ州のマーサズ・ヴィンヤードという島へ。

島へ渡るフェリーの甲板にて、ウィル・リーと僕。

マーサズ・ヴィンヤード島は有名な避暑地・高級別荘地で、日本で言うとちょうど軽井沢のような場所だと思います。この島にあるリック・マロッタの別荘地下室でドラムとベースを録音する、という予定でしたが、なんとリック・マロッタ本人がブリティッシュ・エアウェイズの大規模なシステムトラブルに巻き込まれてその日のうちに到着出来ず。初日は僕とウィル・リー夫妻で彼の留守宅に泊まりました。

翌日29日のお昼過ぎにリックも到着して早速レコーディング開始。

Rick Marotta

Will Lee


地下室の様子

楽しそう

この日は2曲録り、翌30日は朝から丸一日かけて6曲。リックの到着が遅れるというハプニングがあったものの、予定通り2日間で計8曲を録り終えました。

レコーディングが終わったら恒例の(?)サイン会タイム!

JT “Dad Loves His Work”

JT “Walikng Man”


David Spinozza “Spinozza”

Steely Dan “Aja”

James Taylorの”Dad Loves His Work”は、あまり話題にのぼらないけど隠れた大名盤。全編Rick Marottaのドラムで、特に「Hour that the Morning Comes」という曲の彼のプレイはドラム史に残る名演だと僕は思っています。実際、今回ウィルの紹介で初めてリックにメールをしたときも、この曲で大ファンになったと伝えました。今回の合宿レコーディング中にリックとも色々な話をしましたが、彼自身も「自分のキャリアで一番の出来」と言っていました。「レコード自体あまり売れなかったし、もはや誰も聴かないけどね」とも・・・。

2枚目もJT。こちらは名セッションギタリスト、David Spinozzaプロデュース作。SpinozzaのサインはL’Imageで来日したときに入れてもらったものです。Carole KingとのリユニオンツアーでJTが来日した際に本人からもサインをもらいました。

3枚目はDavid Spinozzaの”Spinozza”。彼の唯一のソロ作。Spinozza、Mike Mainieri、Warren Bernhardt、Eddie Gomez、Ronnie Cuberのサインが既に入っており、今回ついにRick Marottaにも入れてもらいました。あとはSteve Jordanか…

4枚目はおなじみSteely Danの”Aja”。リック・マロッタといえば”Peg”を叩いたドラマーとして有名なので、これを外すわけにはいきません。Joe Sample、Chuck Rainey、Steve Gadd、Larry Carlton、Steve Khan、Burnard Purdieのサインが入っています。

レコーディングを予定通り2日間で終えて、予備日として空けておいた3日目はマーサズ・ヴィンヤード島をみんなで散策したり(まさに「海に浮かんだ軽井沢」といった雰囲気)、ウィル・リーのベースをごく一部録り直したり(彼は毎晩その日のラフミックスを聴き、翌朝「ここのタッチノイズを直したい」「ここのフレーズはもっとスペシャルに出来る!」とやり直しをリクエストしてくるのです。パッと弾くだけでもスペシャルで僕にしてみればもう既に大満足なのに、音楽に対してどこまでも情熱的)、リックがラムステーキを焼いて振舞ってくれたり、緊張からも開放されてのんびり過ごしました。

翌日は早朝ウィル・リーの奥様に送ってもらって島内の空港へ。リックやウィルと別れ、次なる目的地を目指します。

朝焼けに照らされる空港

空港内のチェックインカウンター


小さなプロペラ機でボストンへ

小さな小さなプロペラ機(定員9名!)でボストンへ向かい、飛行機を乗り継いでニューヨークのニューアーク空港へ。ここでバスに乗り換えてマンハッタンのグランド・セントラル・ステーションへ。さらにここから電車で揺られること2時間、コネティカット州とニューヨーク州の州境にあるWasseicという駅に到着。駅まで迎えに来てくれたのはこの人!

そう、ギタリストのDavid Spinozza(デヴィッド・スピノザ)です。マサチューセッツ州とコネティカット州はすぐ隣同士だと言うのに、リックの家からスピノザ宅までなんと10時間もかかってしまいました。車社会のアメリカで、公共交通機関のみで移動しようとするとこういうことになるわけですね。前夜3時間しか寝ておらずかなり疲労困憊状態でしたが、到着早々録音に取り掛かってその日のうちに2曲録り終えました。その日の晩は彼の家に泊めてもらい、翌日は朝から3曲録音して計5曲を録り終えました。

録音完了後バタバタと荷物をまとめて終電でニューヨークへ戻り、留守宅のウィル・リー宅に合鍵で入って一晩を過ごし、翌朝の飛行機で日本に戻って来ました。

こうしてちょうど1週間にわたりアメリカに滞在してベーシックリズムを録り終え、あとは日本でオルガンやホーン、自分の歌や楽器をダビングする作業をします。秋には発売出来ると思うので、仕上がりをお楽しみに!

P.S. ちなみに今回はドラム&ベースのレコーディングを自分の機材で行なったので、持ち込み機材はかなりの量になりました。Mac miniとポータブル液晶、オーディオインターフェース(RME UFX II)、ヘッドアンプはapi 3124V(4ch)とNeve 1272(2ch)、そしてQuad Eightのコンソールから抜き出したMP404というモジュール(4ch)、インターフェースに内臓されているマイクアンプも2ch使い、合計12chの録音でした。古いMac miniでしたがRME UFXの抜群の安定感のおかげで48kHz/32bitの12chマルチRecでノートラブル。ちなみにQuad Eightの4chモジュールはFloatia Designsの市村くんに素晴らしいポータブルケースを作ってもらい、かなりの重量減が実現、とても助かりました。

マイクはオーバーヘッドにBeyerdynaic MC930、スネアトップも同じくMC930、ハットとスネアボトムはNeumannのヴィンテージKM84を使って集音。キック用にはこれまたBeyerdynaicのOpus99、そしてリック私物のSub-Kickも併用。4つのタムにはリックの私物のBeyerdynaic Opus88を使わせてもらいました。ウィルのベースは、彼愛用の真空管DI・Khan Audio DIからのライン信号をNeve1272で受けてます。下記が機材のセッティング写真(結線前)。

2017/06/06

アイルランド旅行記〜Van Morrisonを訪ねて〜

Van Morrison Cleaning Window Dinner Show @ Europa Hotel Belfast
11月14日から1週間、Van Morrison(ヴァン・モリソン)のライヴを観にはるばるアイルランドまで行って来ました。

彼の生まれ故郷、北アイルランド・ベルファストの高級ホテルで2夜連続のディナーショウ、しかもその翌週にはダブリンでアリーナ公演も——。
かねてからVan Morrisonを一度は生で観たいと思っていた僕にとって、彼の地元で、しかも全く趣の異なる2種類のライヴを続けざまに観られるまたとないチャンス。「この機会を逃すまじ!」と一念発起して実は随分前からチケットやら航空券やらを予約し、準備していたのです。

予定ではドイツ・フランクフルト乗り換えのルフトハンザ便でダブリンまで飛ぶはずが、前日にルフトハンザ航空のストが決まりフライトがキャンセル。急遽パリ乗り換えのエールフランス便に振り替えてもらったら今度はフライト当日にパリで同時多発テロが発生。搭乗する便が飛んでくれるのかわからないままとにかく空港へ向かうと、パリ行きの便は一つも欠航せずに普段通り運行しているとのこと。ちょっとビビりつつ予定通りの便に搭乗、渦中のパリ経由でこれといったトラブルもなく無事にダブリンに到着しました。その日は夜遅かったのでダブリンの空港近くの宿に一泊してから翌日「Air Coach」という高速バスでベルファストへ。

今考えると何故パリから直接ベルファストへ飛ばなかったのか・・・。どういうわけかアイルランドにはダブリン空港しか国際空港がないと調べもせずに決めつけていたのです。そもそもダブリンはアイルランド共和国、ベルファストは「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」つまりイギリス領なので国そのものが違うんですけどね。

ベルファストに到着すると、今回のディナーショーの会場となる老舗の高級ホテル「Europa Hotel(ヨーロッパ・ホテル)」にチェックイン。僕のようなバックパッカーにはちょっと高級過ぎる宿だけど、Vanのディナーショーが開催される2夜だけはここに泊まって心おきなくショーを楽しもうという算段。

2015年テロ当日のパリ上空

テロ当日のパリ上空

Europa Hotel

今回の会場となったEuropa Hotel


Van Morrison Dinner Show @ Europa Hotel

ホテル内のバナー

Europa Hotel

Europa Hotelの客室

ちなみにEuropa Hotelは北アイルランド紛争でしばしばテロの標的になり、「世界で最も多くの爆弾被害を受けたホテル」として知られているそう。今回もパリの同時多発テロ直後だったので知人から「アイルランド大丈夫なの?」とさかんに心配されたけど、北アイルランド問題は主としてカソリックvsプロテスタントの争いであって、ここ最近世間を賑わせているイスラム過激派とは関係ないので僕としてはさほど心配していませんでした。

さて昼過ぎにチェックインして荷物を部屋に置いたらライヴ会場となるホテルの「宴会場」へ。Vanの歌声は聴こえなかったけど、バンドがリハーサルしているのが漏れ聞こえて来た!ホテルのロビーではVanの歌詞がコンパイルされた書籍が発売されており、初版にはVan直筆のサインが入れられているとのこと。ちょっと高かったけど迷わず購入、70ポンド(約15,000円)なり。

Van Morrison "Lit Up Inside"

本の表紙

Van Morrison "Lit Up Inside"

トビラに直筆サインが

サインといえば、もしかしたらご本人からサインをもらえるような機会があるかもしれないと思い、一応今回もアナログレコード(中身は抜いてジャケットだけ)を持参。もっとも、ファンサービス精神ゼロの気難しいアーティストとして知られるVanのことだからサイン会なんて軟派なものがあるわけないのは百も承知。それでも1%でも可能性があればレコードジャケットを持ち歩く手間を厭わないのがオートグラフハンターという生き物なのです・・・。

Van Morrison LPs

今回持参した2枚

さて、そんなわけでこれら2枚のレコードを片手にサウンドチェック中の会場付近をウロチョロしていたらイベントスタッフとおぼしき女性から声をかけられ、しばし雑談。その中で「実はこのライヴを観るためだけに日本から来たんです」と告げるとその女性はえらく感動してくれて、なんと「絶対そのレコードにサインを入れてもらうべきじゃない!?」と言うのです。「マネージャーに掛け合ってみる!直接もらえればそれに越したことはないけど多分セキュリティが厳し過ぎてお客さんは本人に会えないと思う。でもVanの機嫌さえ良ければマネージャー経由でサインをもらうことは不可能ではないはず!」と言って、レコードを僕から半ば「かっさらって」奥へと姿を消してしまった——。

レコードを彼女に託した僕はホテルから出て少し街を散策して時間を潰し、またホテルに戻って来ると物販コーナーが準備されていたのでTシャツ等を物色。そうこうしているうちにオープンの時間になったので会場に入って自分の座席を確保しました。300人くらいの規模のディナーショー、完全予約制だけど、向こうから指定されているのはテーブルのみ。10人で囲む円卓のうち「どの部分に座るか」は早い者順に選ぶというシステム。ステージに背を向けるのはちょっと億劫なので、身体をヒネることなく正面から観られる後ろ側の席を選びました。

同じテーブルに座ったのはアイルランド南部の街Cork(コーク)から来たご夫妻とアメリカ・シカゴからやって来た弁護士ご夫妻、ダブリンから来た男性3人組、ロンドンからやって来た液状ロキソニンの特許を持つご夫妻と僕(お一人様)の計10名。見ず知らずの人とテーブルを囲んで食事をするなんてアウェイ気味の披露宴みたい・・・、でも幸いなことに同席の方が皆とても感じの良い人たちだったおかげで期せずして楽しいディナータイムに。

ちなみに今回チケットを予約するにあたり、事前に「ディナーショーへ成人男性がシングルで行くなんて場違いでしょうか?」とホテルに問い合わせ、「少人数のリラックスした雰囲気だから大丈夫だよ」という返答を一応もらっていました。全体を見渡しても1人で来ているのはかなり少数派だったけど、マァ場違いというほどではなかったかな。

Van Morrison Cleaning Window Dinner Show @ Europa Hotel Belfast

1日目の座席付近から

Van Morrison Cleaning Window Dinner Show @ Europa Hotel Belfast

見知らぬ人と円卓を囲む

ディナーショーって「食事をしながらショーを観る」というイメージかもしれないけど、大抵の場合は〆のデザートくらいのタイミングでショーがスタートするか、もしくは完全に食事が片付いてから始まるか、どちらかです。演奏中にガンガン配膳するわけにはいかないからだと思うんだけど、今回もデザート、コーヒーまで完全に行き渡ってしばらく経ってからショーがスタート。

まずは北アイルランド出身の俳優James Nesbitt(ジェイムス・ネスビット)による前説。3分くらいおしゃべりをして結構盛り上がったんだけど、かなり早口だったのと独特な訛りで何を言っているのかあまりよくわからず(泣)。前説の最後に、さきほど僕も購入した詞作集「Lit Up Inside」から詞を一編朗読してJamesが舞台から下がると、入れ替わりでバックバンドのメンバーが登場。ここ数年ライヴのオープニングナンバーとして頻繁に演奏されるインスト曲「Celtic Swing」のイントロが始まると、ほどなくしてSaxを抱えたVanが登場。いよいよショーが始まります。

15/Nov/2015 [Europa Hotel, Belfast]
※曲名クリックでYouTube再生します(リンク切れの際はご容赦を)。
01. Celtic Swing
(“Inarticulate Speech of the Heart” 1983)
02. Close Enough For Jazz
(“Too Long in Exile” 1993 / “Born to Sing: No Plan B” 2012)
03. Back on Top
(“Back on Top” 1999)
04. Days Like This
(“Days Like This” 1995)
05. Precious Time
(“Back on Top” 1999)
06. Playhouse
(“Pay the Devil” 2006)
07. Why Must I Always Explain
(“Hymns to the Silence” 1991)
08. Sometimes I Feel Like a Motherless Child
(“Poetic Champions Compose” 1987)
09. Carrying A Torch
(“Hymns to the Silence” 1991)
10. I’m Not Feeling It Anymore
(“Hymns to the Silence” 1991)
11. Baby Please Don’t Go
(Big Joe Williams Cover / Them single “Baby Please Don’t Go” 1964)
Parchman Farm
(Bukka White/Mose Allison Cover)
Don’t Start Crying Now
(Them 1964)
12. Sometimes We Cry
(“The Healing Game” 1997)
13. In The Afternoon
(“Days Like This” 1995)
14. Whenever God Shines His Light
(“Avalon Sunset” 1989)
15. Help Me
(Sonny Boy Williamson Cover)
16. Gloria
(B side of a single “Baby Please Don’t Go” 1964)

2000年代以降のVanのライヴ映像をYouTubeで観てかなり予習しておいたので前からわかってはいたことだったけど、「Moon Dance」「Caravan」「Crazy Love」「Tupelo Honey」「Domino」といった70年代の大ヒットは1曲もナシ。そしてこの日はライヴ中こんな一幕も。

Van「Jamesからリクエストをもらった。『Tupelo Honey』だ」
——(客席から大歓声)
Van「やらないけどね。」
——(客席苦笑)
Van「その代わり、『Tupelo Honey』を書き直して出来た歌があるから今夜はそれを歌おう。『Tupelo Honey』は結局こういう歌になったんだ。」

そう言って始まったのが7曲目の「Why Must I Always Explain」。確かにメロディーもコードも「Tupelo Honey」そっくり(マァそれを言うなら「Crazy Love」も「Days Like This」も全部そうだけど・笑)。
ただし歌詞は、「Tupelo Honey」が当時の新妻Janet Planetへ捧げられたとされる甘いラヴソングなのに対し、「Why Must I Always Explain」は「これはただの仕事だ、わかるだろう?どうしていちいちお前らに説明してやらなきゃいけないんだよ」という彼のマスコミ嫌いを表したとも言われる辛辣な曲。

わざわざ「『Tupelo Honey』の代わりに」と前置きした上でそんな意地悪な歌を歌ったのは、歌詞がパーソナルな経験に基づくものであるか否か頻繁に聞かれることに対する嫌悪を表したかったのか。それともライヴでヒット曲を求めるオーディエンスに対して「いちいち説明させるな」と断じた上で「懐メロ歌手に甘んじることへの拒絶」を表明したのか——

(※追記:YouTube動画を漁っていたら、なんとこの2曲を2013年のBeacon Theatreでメドレーで演奏していた!「Tupelo Honey」歌うこともあるのか〜良いナァ)

ともあれ、辛うじて60年代のThem時代のヒットを何曲か、それと北アイルランド問題和平交渉の公式讃歌としてアイルランド人にとっては特別な意味をもつ90年代の名曲「Days Like This」を歌ってくれたのは彼なりのサービス精神の発露なのかも?

——などと推測しつつ、比較のためにディナーショー2日目のセットリストもここに掲載。

16/Nov/2015 [Europa Hotel, Belfast]
※曲名クリックでYouTube再生します(リンク切れの際はご容赦を)。
01. Allow Me
(“Poetic Champions Compose” 1987)
02. The New Symphony Sid
(“How Long Has This Been Going On” 1995)
03. Sack O’ Woe
(“How Long Has This Been Going On” 1995)
04. Think Twice Before You Go
(“You Win Again” 2000)
05. Higher Than The World
(“Inarticulate Speech of the Heart” 1983)
06. Magic Time
(“Magic Time” 2003)
07. Carrying A Torch
(“Hymns to the Silence” 1991)
08. Wild Night
(“Tupelo Honey” 1971)
09. Keep It Simple
(“Keep It Simple” 2008)
10. I’m Not Feeling It Anymore
(“Hymns to the Silence” 1991)
11. Baby Please Don’t Go
(Big Joe Williams Cover / Them single “Baby Please Don’t Go” 1964)
Parchman Farm
(Bukka White/Mose Allison Cover)
Don’t Start Crying Now
(Them 1964)
12. In The Afternoon
(“Days Like This” 1995)
13. Whenever God Shines His Light
(“Avalon Sunset” 1989)
14. Sometimes We Cry
(“The Healing Game” 1997)
15. Ballerina
(“Astral Weeks” 1968)
16. Gloria
(B side of a single “Baby Please Don’t Go” 1964)

やはり80〜90年代の曲を主体としつつも、この日はWarner Bro.第一作目となる68年の名盤”Astral Weeks”から「Ballerina」、そしてアルバム”Tupelo Honey”からも「Wild Night」と、初期ファンなら大歓喜の選曲。

もっとも「Wild Night」についてはVanの「なんかアップテンポなのやろうぜ」という一言にギタリストのDave Kearyが「Wild Nightは?」と提案、Vanが「悪くないね」と応じて始まったので、当初のセットリストには入っていなかったのかも(Dave、グッジョブ!)。
※この日はそんなステージ上のやり取りが聞こえてしまうほど近い、最前列のテーブル(!)

Van Morrison Cleaning Window Dinner Show @ Europa Hotel Belfast

ディナーショー2日目、座席から撮影

Van Morrison Cleaning Window Dinner Show @ Europa Hotel Belfast

ディナーショー2日目、座席から撮影

ちなみに2日目最大のサプライズは、些細なことだけど「Celtic Swing」でライヴが始まらなかったこと。これはかなり珍しいことな気がする。そしてGoergie Fame(ジョージィ・フェイム)との共演盤「How Long Has This Been Going on」というアルバムから2曲、「The New Symphony Sid」と「Sack O’ Woe」が演奏されたこともこのCDが大フェイバリットの僕にとってはかなり嬉しいサプライズ。

この日は実の母親(一体何歳?)も聴きに来ていたということもあってか、Van本人が非常に上機嫌な様子(James Nesbittの前説がなかった代わりに、この日はVanの母親が会場にいるという旨を伝えるアナウンスが開演前にあり客席が大いに盛り上がった)。MCではジョークも口にし、演奏においても単語をしつこく繰り返す彼独特のメロディー崩しが多く見られて、とても熱が込もっている感じ。バンドの演奏も昨日に増して素晴らしく、「I’m not Feeling It Anymore」のDave Kearyによるスライドソロ、「Whenever God Shines His Light」におけるバックアップシンガー・Dana Mastersの熱唱、ラストの「Gloria」が終わったあとのバックバンドだけによる長時間のジャム等(意地悪な見方をすれば時間稼ぎだけどね)、地元開催の2日間のイベントを締めくくるに相応しいショーでした。

ちなみにこのディナーショー、実は「Cleaning Windows」という副題がつけられていました。彼がベルファストで窓拭きのバイトをしていた時代を回想した歌の曲名。イベントの副題としてピックアップされているからには歌ってくれるんだろう——、という周囲の期待を見事に裏切り、今回のディナーショーでは2日間にわたって1度も演奏されず。なんとなくそうなるんじゃないかと予想はしていたものの、あまりにVanらしいつれない対応でただただ微苦笑するしかありません。

さてこのディナーショーの翌週に行われたダブリンの「3 Arena(スリー・アリーナ)」公演はどんな曲目が並んでいたのかというと——

20/Nov/2015 [3Arena, Dublin]
※曲名クリックでYouTube再生します(リンク切れの際はご容赦を)。
01. Celtic Swing
(“Inarticulate Speech of the Heart” 1983)
02. Close Enough For Jazz
(“Too Long in Exile” 1993 / “Born to Sing: No Plan B” 2012)
03. Magic Time
(“Magic Time” 2003)
04. Days Like This
(“Days Like This” 1995)
05. Keep It Simple
(“Keep It Simple” 2008)
06. Playhouse
(“Pay the Devil” 2006)
07. Sometimes We Cry
(“The Healing Game” 1997)
08. Baby Please Don’t Go
(Big Joe Williams Cover / Them single “Baby Please Don’t Go” 1964)
Parchman Farm
(Bukka White/Mose Allison Cover)
Don’t Start Crying Now
(Them 1964)
Custard Pie
(出典不明)
09. In The Afternoon
(“Days Like This” 1995)
10. Talk Is Cheap
(“Down the Road” 2002)
11. I’m Not Feeling It Anymore
(“Hymns to the Silence” 1991)
12. Things I Uses To Do
(Guitar Slim Cover)
13. Why Must I Always Explain
(“Hymns to the Silence” 1991)
14. And The Healing Has Begun
(“Into the Music” 1979)
15. Whenever God Shines His Light
(“Avalon Sunset” 1989)
16. All In The Game
(“Into the Music” 1979)
17. Help Me
(Sonny Boy Williamson Cover)
18. In The Garden
(“No Guru, No Method, No Teacher” 1986)

うーん、ほぼディナーショー1日目と同じ感じだけど〆の「Gloria」がなくて一層地味なセットリストに。1万5000人の大観衆を前にしてもお構いなしといった感じで、やはり70年代のヒット曲はなし。スピリチュアル路線の最初期作品とも言えるアルバム”Into the Music”(1979年)からの曲が2曲もあり、彼の大衆におもねらない姿勢が一層強調されたようなライヴでした。(ちなみに”Into the Music”というアルバムは音楽的にはわりと朗らかなロックだけど、歌詞の内容がかなりスピリチュアル。この次の”Common One”から音楽面でもスピリチュアル路線が明確に打ち出された。)

ディナーショーでは演奏しなかった”Into the Music”からの2曲や80年代スピリチュアル路線の(僕の中での)最高傑作”No Guru, No Method, No Teacher”収録曲も聴けて選曲から言えば僕個人的に結構楽しめたんですが、この日は大きなアリーナ公演だというのに音量が極端に小さく、バンドの演奏の熱量も伝わりきらなかった印象で、正直なところ消化不良な感じが拭えず・・・。直前にディナーショーで至近距離で観ていたこともあって余計遠く感じたのかもしれないけど、それにしても音量や音圧感があまりに無さ過ぎて、アリーナ公演に通常期待されるであろう華やかさも感じられず、ただただ「距離が遠くなっただけ」という感じ。

そうはいっても序盤の「Days Like This」で自然と大合唱が沸き起こったのには本当に感動して、それだけでも来た甲斐があったなぁとしみじみ思いましたけどね。

Van Morrison @ 3Arena Dubilin

開演前、前座の女の子が演奏中

Van Morrison @ 3Arena Nov 2015

会場となった「3Arena」のエントランス

このBlogを書くためにこうして3公演分のセットリストを書き出してみてはたと気付いたんだけど、Van Morrisonという人はそもそも60年代から2010年代の現在に至るまで毎年のように作品をリリースし続けている猛烈に「多作」なシンガーソングライターなので、キャリアの初期から現在までの膨大な楽曲数を思えばこれでもかなり満遍なく演奏してくれているんですよね(80〜90年代がちょっと多めとはいえ)。

もちろん多くの人はWarner Brothers在籍時代のレパートリーを期待するがために70年代の曲(例えば「Moon Dance」や「Crazy Love」のような大ヒット曲)が少ないと「サービス精神がない」と思ってしまいがちですが、半世紀(!)ものキャリアを持つ現役のアーティストなわけですから、これでも昔の曲をかなりやってくれていると思ってあげるべきではないかという気がしてくるのです。現在進行形で作品を作っているアーティストであれば当然、一番新しいものをお客さんに聴いて欲しいと思うでしょうから・・・。

実際”Astral Weeks”発売40周年の折にはHollywood Bowlで収録曲を全曲演奏するコンサートも行ない音源化もされています。さらによく調べてみると、最近のライヴでもごく稀に最初期の傑作「Brown Eyed Girl」やほぼジャズスタンダード化している「Moon Dance」等を歌うこともあるようで、決してリスナーに対してそっぽを向いているわけでもなさそう。ただし、お目当ての曲をその日にVanが歌ってくれるかどうかはあなたの運次第、といったところでしょうか。

ところで、ディナーショー初日にスタッフに渡したレコード、結局サインはもらえたのかって?

じゃーん!!

Van Morrisonサイン入りレコード

僕の本名「Ken」宛

後から名刺をもらってびっくりしたんだけど、僕が開場前にお喋りしたイベントスタッフとおぼしき女性、なんとこの人物こそがディナーショーの総責任者だったのです。そりゃあサインももらえるわ・・・。James TaylorがCarole Kingとのリユニオンツアーで来日したときに本人に直接会ってもらった「The Section」サイン入りの”JT”に並んで僕にとって最高のお宝になりました。

James Taylor "JT" signed by James Taylor, Lee Sklar, Danny Kootch, Russ Kankel

JT本人達に直接もらったサイン

そしてVan Morrison直筆サインと同じくらい嬉しかったのが、ディナーショー初日に同席になった方々が寄せ書きを添えてプレゼントしてくれたVan Morrisonの歌詞集!初日終演後みんなでパブで飲んでいたら、「僕たちからのプレゼントだよ」と言ってこの本をくれたのです。Van直筆サイン入りと、お友達の寄せ書き入りの2冊になってしまった!

Van Morrison Book

同席になった方々の寄せ書き

今後この寄せ書きを見るたびに、今回のアイルランド旅行で観たライヴや街の風景、出会った人々、雨ばかり降っている天気のことなどをしみじみと思い出すんだろうなぁと思います。

ちなみにディナーショーとアリーナ公演の間が1週間弱空いたので、その間にベルファストやダブリン、そして南部のコークという街で観光のようなこともしました。良い写真もたくさんあるのでそれについてはまた改めて記事にしたいと思います。

2016/01/12

ツアーに行って来ました

ロメル・アマード、臼井ミトン、武藤祐生今回は移動日無しで全て乗り打ちの4日間にわたるミニツアーでした。名古屋→神戸→大阪→浜松で1公演ずつ。

初日の名古屋では16時頃到着してすぐにサウンドチェック、そして本番までの空き時間を利用してラジオ番組を4本収録、本番が終わってからその日のうちに神戸に移動してチキンジョージでブッキングマネージャー勝(マサル)さんの誕生日パーティーに合流して朝まで痛飲。翌日神戸のライヴでは桑名正博さんのファニーカンパニーでギターを弾いていた伝説のブルーズマン、ロメル・アマードさん(写真の中央、ちなみに左がvln武藤さん)にゲストで数曲ご参加いただきました。ロメルさん、ギターパフォーマンスは結構アヴァンギャルドな雰囲気ですがオリジナル楽曲の詞と声が素晴らしい!CDがリリースされていないのがもったいないな…

大阪Night Beat Recordsツアーは毎回低予算で日程もタイトで移動も厳しいのですが、今回は大阪で会場入りまでに少し時間があったので、レコード屋さんにふらりと立ち寄ったりしました。「○か×」というお店は整理分類が行き届いた良心的な街の中古屋という感じで、帯付き国内盤からUS廃盤まで幅広い品揃え。ここではGen ParsonsのUS白ラベプロモ盤購入。そして過去に何度もお世話になっているアメ村「Night Beat Records」は相変わらずオールディーズ〜R&Bの7インチの品揃えが凄い!でも僕シングル盤収集は自粛中なので、ミュージカル「Hair」の曲「Let the Sunshine In」やSlyの「Everyday People」のカバーが入っているSupremesのアルバムを1枚だけ購入。The Zodiacsの「Stay」やThe Marcelsの「Blue Moon」の超グッドコンディションのLPも見つけたけどやはりそれなりに値段が高くて断念。どちらもシングル盤は持ってるんだけどLP盤はなかなかコンディション良いものに巡り会えません。やっぱりこういうところにはちゃんとあるんだなぁ…ネットオークションばかり見ていないで、足を使って探さないとダメですねやっぱり。

大阪タコタコキングレコードハント後は武藤さんとタコタコキングでたこ焼き食べて会場入り。このお店、大阪でライヴする時はだいたい行きます。塩たこ焼きが美味。特にバイオリン武藤さんのお気に入りのお店です。この日はBilly Joelのベスト盤が大音量でかかっていました。僕が中学1年生のときに銀座の山野楽器でMD(その昔、新譜がMDでリリースされていた時期がありました。CDのミニチュアみたいで可愛かった。)を買ってめちゃくちゃ聴いたのを覚えています。

大阪といえば、近頃はお隣の国から団体でやって来る買い物客&観光客によりホテル需要が逼迫しているようで、今回も市街地にあるホテルは全て満室。仕方なく郊外の安いビジネスホテルを押さえたのですが、到着してみてビックリ、なんとラブホテルを転用したところでした。無料駐車場が50台(!)、お風呂は洗い場付きで広々快適(その代わりガラス張り)、そしてシーンに合わせた調光も可能という1人で泊まるビジネスマンには無駄過ぎる設備が満載。でもベッドも部屋そのものも普通のビジネスホテルより広くて大変快適でしたよ。

最終日の静岡では名物「さわやかハンバーグ」に初挑戦。とても美味しかった。でも僕がいつも演奏するお店「エスケリータ68」のベーグルはさらに上を行く美味しさです(お世辞抜きで!)。毎回本番の前後で2皿食べちゃうくらい。もっと話題になっても良いのにナァ…
さわやかハンバーグ
ツアーに出るのは今回で4回目でしたが、回数を重ねてゆくと、新しい出会いだけではなくそれぞれの街での再会もたくさんあり、楽しみが増えました。こんな風に新しい人と出会ったり久々な人と再会したりを繰り返しながら今後もあっちこっちで歌ってゆければ幸せです。今回も、全行程で運転もしてくださったバイオリンの武藤さんはもちろんのこと各地でたくさんの方にお世話になりました。どうもありがとうございました。

2015/10/20

近況報告

臼井ミトン×maaayo×松藤量平
9月は本当に忙しかった・・・

上旬はレコーディング+ライヴ2本(恵比寿BATICAと東京タワー)。中旬は双子ラッパー率いるHIP HOPバンドの新譜に歌とウーリッツァーでゲスト参加したのでそのレコーディング、そして9月のメインイベント、旧友・松藤量平とmaaayo(まーよ)の2人とアークヒルズカフェでライヴ。冒頭の写真がその時の集合写真ですが、この日は雨の中100名を超すお客様が詰めかけてくださって、大盛況でした。楽しかった。
臼井ミトン×maaayo×松藤量平
そうそう、それと今月からジャズソルフェージュ(聴音)のレッスンを受け始めました。ミュージシャンシップ(音楽家としての基礎体力、素養といったら良いでしょうか?)を高めるため、かなり真剣に初歩の初歩からイヤートレーニングに取り組んでいます。

それで9月下旬は幼馴染みの結婚式のために曲を書き下ろしてスライドショーに合わせて演奏したり(マンダリンオリエンタルの宴会場のPA設備、ライヴハウスの定番機材・ミキサーが一通り完備されており音響専門のスタッフもいてノーストレスでした。さすが!)、あとはひたすら10月1日の「Urban Groove Fitters」に向けた猛練習。沼澤尚さんプロデュースによるこのバンド、70〜80年代のSSW〜AOR〜R&Bのカバーをたくさんやるので毎回練習が大変。しかも他のメンバーが田中義人さんに森俊之さんに沼澤尚さんに中條卓さんというトンデモメンツなので、異常なまでの緊張感をもって毎回準備しています。今回も1日10〜15時間の練習を1週間休まず続けてどうにか本番を無事に終えることが出来ました。喉はもうボロボロです・笑
ちなみに今回はBobby Caldwell(ボビー・コールドウェル)、Bonnie Raitt(ボニー・レイット)、Ned Doheney(ネッド・ドヒニー)、Michael Franks(マイケル・フランクス)、James Taylor(ジェイムス・テイラー)、Steely Dan(スティーリー・ダン)、Boz Scaggs(ボズ・スキャッグス)あたりをやりました。次回は1月くらいかな?

Urban Groove Fitters  臼井ミトン 森俊之 田中義人 中條卓 沼澤尚
Urban Groove Fitters  臼井ミトン 森俊之 田中義人 中條卓 沼澤尚

このUGFのライヴの翌日、Will Lee(ウィル・リー)がプライベートで日本に来ているということでお誘いを受けて奥様もご一緒にラーメンを食べて来ました。ハイラム・ブロックのライヴで初めて沼澤さんと共演したときのエピソードなんかも伺いつつ、楽しい夕べとなりました。沼澤さんとウィルはとっても仲良しなんですが、沼澤さんはこの日も元住吉でライヴだったため合流出来ず。残念!
ウィルリー 臼井ミトン

2015/10/03

レコーディング

飯塚直斗 - 臼井ミトンレコーディング RCA 77DX AKG D20 Telefunken V76 Gates Sta Level

今日は飯塚直斗君を自宅に招いてエレキ&ペダルスティールギターのレコーディング。とある企画モノのシングルを制作しており、かなり良い感じに録れました。エレキの録音はColes 4038→Telefunken V76/120、Beyer Soundstar X1→Neve 1272の2本、ペダルスティールの録音はRCA 77DX→Telefunken V76/120、AKG D20→Neve1272の2本で収録。ともにdbx 160VUをうっすら掛け録り。やっぱりリボンマイクは良いナァ。

飯塚直斗 臼井ミトン ペダルスティール直斗君とは18〜19歳の頃からの知り合いで、もうかれこれ10年以上の付き合い。2人で毎日のようにレストランで演奏していたこともあります。若い頃からカントリーのバンドで鍛えられているだけあってその手のジャンルがかなり得意。ペダルスティールは比較的最近始めたんだけど音楽への理解があるせいか上達かなり速いです。今回録音した曲はカントリーどストライクなエレキが欲しかったので真っ先に彼に連絡しました。こういうギター弾ける人、なかなかいないんだよな・・・。

今回録音した曲のリリースについてはわりと近いうちにお知らせ出来るかと思います。実はリズセク自体は「真夜中のランブル」を制作している頃に録っておいたもので、長いこと放ったらかしにしていました。これからフィドルやオルガンを録って歌を録れば完成です。お楽しみに!

2015/09/01

パーディー・シャッフル

臼井ミトン & Bernard Purdie
レジェンド・ドラマー、Bernard Purdie(バーナード・パーディー)のライヴがあったのでかなり久しぶりに行って来ました。最後に観たのは恐らく6〜7年前、Wilbur Bascombとともにバックバンドとして出演していたミュージカル「Hair」だったような気がする(場所はニューヨークのオフブロードウェイ)。終演後のサイン会でその話をしたら、「そもそもHairの作曲家と友達で、彼に頼まれて初演のときに俺がミュージシャンかき集めたんだよね」と裏話を聞かせてくれました。過去の来日公演の際に彼自身のアルバムには色々とサインをもらっていたんですが、「参加ミュージシャンのサイン寄せ書きプロジェクト」の一つ、Steely Danの「Aja」にはまだもらっていなかったことに当日気付き、今回ようやく入れてもらいました。現状で入っているのはJoe Sample(ジョー・サンプル)、Chuck Rainey(チャック・レイニー)、Steve Gadd(スティーヴ・ガッド)、Larry Carlton(ラリー・カールトン)、Steve Khan(スティーヴ・カーン)、そして今回のBernard Purdie(バーナード・パーディー)。うーん、結構ギッシリになって来ました。Rick Marotta(リック・マロッタ)やWayne Shorter(ウェイン・ショーター)には是非もらっておきたいな・・・。
Aja - Steely Dan

このライヴの前日は自分のライヴだったんですが、そういえばベースを弾いてくれた江川綾ちゃんと初めて会ったのはBernard Purdieのライヴを観に行ったときだったような気がする。綾ちゃんが、たまたま隣の席に座っていた(笑)その直後、当時サポートしてもらっていたキーボーディストの紹介で一緒に演奏するようになったので、その時はただ隣同士でライヴを観ていたというだけなんだけど。
下は、その自分のライヴの写真です。大阪から観に来てくださったジュンヤさんのツイッターから頂戴しました(どうもありがとうございます!)。対バンがあるときはドラムの位置やピアノの位置を自由に決められなかったりするので、この日はグランドピアノ弾き語りのときにひたすら壁に向かって絶唱しておりました。
臼井ミトン 菊嶋亮一 江川綾

2015/08/23

グランドピアノ+Wurlitzer

臼井ミトン グランドピアノ+Wurlitzer

先日(8/14)の青山月見ル君想フのライヴ、せっかくお店に特別にグランドピアノを搬入していただけるということだったので、自前のWurlitzer 200Aも持ち込んでL字にセッティングして弾き語りしてみました。この日は機材車がどうしてもつかまらず自宅からタクシー移動だったのですが、アメリカから個人輸入したウーリッツァー用のギグバッグが大活躍(ギグバッグってつまりソフトケースのこと。重量的に安易に持ち運べるようなものではないのにこんな商品が存在するというのがいかにもマッチョなアメリカって感じ・笑)。150ドルくらいだったので作りはやはりそれなりにショボい・・・。マァでも【自宅—車】もしくは【車—現場】間の短い移動のためと割り切ればむしろちょうど良いかも。ハードケースやフライトケースにしちゃうと逆にタクシーに乗らなくなったり一人で階段下ろせなかったりするので。

Wurlitzer 200A Gigbag ソフトケース

ちなみに、線路沿いの我が家のスタジオ、一応防音室になってるので電車通過時の騒音は防げるのだけど、架線から出る電磁波は防げません。ローズやウーリッツァー、あとシングルコイルのギターは電車が通過する直前直後にジリジリと耳障りな高周波ノイズが発生するため、この対策のためウーリッツァーの裏蓋を銅板と銅テープで完全にシーリングしてしまいました。これで自宅でのノイズ問題は解決!自宅のみならずライヴの現場でも本当にSNが良く、先日のライヴでは会場の無線や高周波、照明の電源関連のノイズを拾うということも皆無でした。原始的だけど効果覿面。下の写真は、シーリングが完成した状態を撮影したもの。
ウーリッツァー 高周波ノイズ対策 銅板

このWurlitzer、今後もライヴでガンガン使って行きますので是非楽しみにしていてください。
臼井ミトン Wurlitzer ウーリッツァー

2015/08/15

フジロック’15ありがとうございました!

臼井ミトン FUJI ROCK フジロック '15 2015
今年のフジロック、最終日は雲一つない晴天でとにかくむちゃくちゃ暑かったのですが、僕が出演した「木道亭」というステージは森の中でとても涼しく(真っ昼間なのにTシャツ一枚では肌寒いくらい!)、森林浴をしながら音楽を楽しめるという本当に本当に素晴らしい場所でした。
ドラム沼澤尚さん、ベース中條卓さんの飛び入りもあってたくさんの方に足を止めていただき、都内からも友人知人が大勢駆け付けてくれておかげさまで最高に楽しいライヴになりました。
臼井ミトン FUJI ROCK フジロック '15 2015
オフィシャル速報サイト「Fuji Rock Express」で写真が見られますので、コチラからどうぞ。スマホだとちょっとわかりにくいですが、写真全部で10枚あります。左下の「>See All Photos」もしくは[ 写真:全10枚 ]というリンクをクリックすると全部見られます。

ちなみに今回は「Wurlitzer(ウーリッツァーと読みます)」というヴィンテージの鍵盤楽器を用意してもらいました。とてもデリケートな楽器でトラブルも多いのでライヴやコンサートの現場では通常シンセで代用するのですが、今回はフジロックの楽器全般を担当したレオ・ミュージックという会社のタローさんこと佐藤貞芳さんの御好意で素晴らしいコンディションのウーリッツァーをお借りすることが出来ました。湿気にとても弱い楽器で今回のような夏の野外は本来であればかなり厳しい環境なのですが、さすがにタローさん調整済みの個体というだけあり、トラブルもなく素晴らしい音色で大好評でした。ちなみに自分が所有しているWurlitzerもタローさんに調律・メンテしていただいているのですが、まさに「神の手」と呼ぶに相応しい調律の腕前。我が家にはタローさん調律のウーリーが2台もあるので、運搬のトラブル等色々ハードルはあるのですが今後は都内のライヴでも出来る限りホンモノの楽器を使って行きたいと考えています。

※余談ですが今回使用したのはWurlitzer206という巨大なスピーカー付きのステューデントモデルを改造して通常の200Aモデルにしたもの。僕も全く同じものを持っているんですがタローさんのはちょっとコンディションが図抜けてます・・・
臼井ミトン FUJI ROCK フジロック '15 2015

今回フジロック初出演でしたが、開場全体の雰囲気、ロケーション、そして客席から伝わってくる「ライヴミュージックへの愛」にとても感動しました。また来年も候補に挙げてもらえるように、新曲・新譜の制作を頑張りたいと思います。これからは「夏のフジロック出演」というのが音楽活動を続けていく上での新たなモチベーションになりそう。

ご来場いただいた皆様、足を止めていただいた皆様、あらためて本当にどうもありがとうございました。

2015/08/05